Over The Rainbow

秋晴れのさわやかで気持ちのよい日が続きますね!みなさん、お元気ですか?!
<ハロウィン パーティの思い出>
もうすぐハロウィンですね。
私は以前にセドナにいた頃に楽しいハロウィンを過ごしました。
セドナはとても小さいのんびりとした町なのですが、そこにハロウィンの少し前になると突如(?!)貸衣装のマーケットが出現するのです!
そこへみんな、思い思いの衣装を選び、ハロウィン パーティを楽しみます。
みんな力の入れ方が半端ではなく(!/笑)、
悪魔や天使、王様やお姫様、いろいろな物語の主人公などになりきって(!)
その夜は楽しむんですよ。
今でも忘れられない大切な楽しい思い出です。
昨年イギリス・オーラソーマの本校に行った際に行った時は、
ちょうどハロウィンが近かったので、
かぼちゃでジャックランタンをキッチンの人が作ってくれました!
ハロウィンは、もともとはカトリックの万聖節の前の晩に行われる伝統行事で、
ケルト人の伝統に基づくとも言われています。
ケルトでは1年の終りは10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり、
精霊や魔女が出てくると信じられていたそうです。
この時期には、この世と霊界との間に目に見えない「門」が開き、
この両方の世界の間で自由に行き来が可能となると信じられていて、
それらから身を守る為に仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていたのだそうです。
家族の墓地にお参りし、そこで蝋燭をつけるという地方もあるようで、
日本のお盆の迎え火、送り火にも似ていますよね。
みなさんも、仮装するなどして、みんなでパーティするのもよし、
静かに見えない世界とつながるのもよし、
すてきなハロウィンナイトをお過ごしくださいね~。
<個人セッション>
最近、個人セッションをひさしぶりに行っています。
理由はみなさんからのリクエストがたえないということがひとつです。
そしてもうひとつは、長いお付き合いの生徒さんも多く、
そんな方々のサポートを続けさせていただきたいなと思ったからです。
おかげさまでみなさんに喜んでいただいていて、私もうれしいです。
私自身、尊敬している国内外の先生から、今も個人セッションを受けているんですよ。
かれこれもう15年以上、お世話になっています。
そういう方が何人かいて、とても心強いし、サポートになっています。
自分の成長を見守ってもらってくれている人がいるというのは、とてもうれしいことです。
さて、先日はCancamのモデルで、多方面でご活躍中の西山茉希さんが
コンサルテーションに来てくれました!
茉希さんは本当に美しく感性が豊かな方で、
真摯に受け取ってくださり、とても深いセッションでした。
私もサポートさせていただけて、光栄でした。
その模様が雑誌CancamとインターネットのCancamTVに掲載されました。
http://cancam.tv/content/models_room/0810maki/index.html
よかったらご覧くださいね。★
私たちの内面にはいろんな面があり、それはミラーボールのようなもの。
個人セッションなどで自分を知るということは、
ミラーボールのきらきらのかけらをあつめること、とも言えますね。
<きらきら>
私はきらきらしたものが大好きです。
よく交差点などに黒にガラス質のものが混じったような
きらきらの道がありますよね。
それも大好きで、思わず立ち止まって、見入ってしまうほどです。
…それって、かなり変かも?!(笑)
光っているものなら、なんでも好きです!
「カラスか?!」とつっこまれるほどですが…。(苦笑)
ラメなどのグリッターなものはみんな好きです。
もちろんきらきら輝いてるクリスタルやオーラソーマも大好きです。
コースやセッションでみんなのきらきら輝く笑顔を見るのもとてもうれしいです。
そして、きらきらの涙を流すことも美しいことです。
きらきらは美しさ、輝き、純粋さのあらわれですね。
みなさんは、きらきらした時間を過ごしていますか?
<ゴールド>
秋のあたたかでやわらかな日差しがきらきらとシャワーのように降り注ぐ10月。
この夏あたりから、光のエネルギーが強く、
そのせいで世の中の流れや起こることが早いように感じます。
その結果も早く出るように思います。
光は気づき、意識を表します。
私たちが、自分の影を統合し、自分本来の運命を生きるために
今、たくさんのことに気づくために、いろいろなことが起こっているのだと思います。
運命とは天から与えられたものであり、自分で選びとったもの、
その星のもとにうまれてきた、
星の輝きの光のかけらを集めて、自分を知る、統合する、
今、多くの人がそんなプロセスの中にいるのだと思います。
ゴールドは太陽の色、深い喜び、深い幸せ、智恵とその対極の深い恐れ、深い混乱を表します。
またゴールドは、古代からその輝きで価値のあるものとして尊ばれてきました。
人々は、腐敗もしなければ変色もしない、いつまでも変わらない輝きに永遠というものを感じたのです。
結婚の時に交わすゴールドの指輪は、時がたっても変わらないつながりの象徴であり、
王様がかぶるゴールドの王冠は、光輪や後光、つまり智恵の象徴であり、
クレジットカードのゴールドは、価値のある人が持てる、信頼できるという象徴です。
私たちが自分の内側に価値を見出すことができれば、
恐れたり、混乱したりすることがなくなります。
自分を小さく見せるー委縮したり、自己卑下したり、
反対に自分を大きく見せる ― 自信過剰になり尊大な態度をとったり、
間違ったプライドを持ったりすることはなくなるのです。
自分の価値を知っているから、自分の中心にいられる―センタリングできるのです。
つまり軸がしっかりして、右往左往しなくなります。
自信を持って、自分らしく輝いて、
自己尊重、自分を大切にして生きていくことができるようになるのです。
中毒もゴールドの問題です。
もし何かにハマり過ぎてしまう場合というのは、内側に空虚さがあるということ。
大切なものはみんな自分の内側にあるのです。
自分には黄金の価値や豊かさ、知恵があるということを知ると安心感を得られます。
満足。満たされるという感覚もまたゴールドなんですね。
価値のある自分が、何に価値をおいているかを知ることも大切です。
自分の人生にとって何が本当に大事なのかがわかれば、優先順位をつけることができます。そして、その優先順位の上にあるものにエネルギーをかけていけばよいのです。
だから人生がシンプルになりますね。
また自分にとって何が大事かがわかれば、取捨選択が簡単になり、決断もしやすくなります。
体はひとつ、1日は24時間、1年は365日、いつまで生きられるかわからない限りのある人生を生きている私たち。
自分にとって価値のあるものにエネルギーをかけていけば、実りのある豊かな満足のいく人生になるでしょう。
この自分にとって、ということが大切です。
人の声に耳を傾けすぎないで、あくまでも自分の内側の声に耳を傾けていきましょうね。人に左右されすぎたり、無意識に鵜呑みにしてしまい、自分の声と誤解している場合も多々あります。
人に与えていたパワーを自分に引き戻してあげてください。
自分の人生です。
自分の深い部分からの声を、想いを大事にしていきましょう。
自分を幸せにしてあげましょうね。
ゴールドの補色はロイヤルブルーです。
ロイヤルブルーは未知の色、神秘の色。
なにが起こるかわからない、
わからないからこそ楽しいのです。
先のストーリーがわからない映画やドラマがどきどきわくわくするように。
人との出会い、物との出会い。
出会いによって、人生はいとも簡単に変わっていきます。
愛する人と出会ったり、大切なものや何かを出会ったり。
そしてそれは予想のできないもの。
どうやって出会えるかは考えたり、悩む必要はないのです。
それは考えてもわからないこと。
「神のみぞ知ること」なのです。
信頼しましょう。
人生に起こることを。
宇宙が私たちにもたらしてくれるものを。
それを楽しみましょう。
偶然のようにみえるけど、偶然じゃない。
それもまた実は自分の深い部分からの選択でもあるのです。
心静かに、目を開き、直観の声、心の声に従って行きましょう。
流れとともにいくならば、宇宙は必要な出会いや出来事を私たちに与えてくれるのです。
ゴールドと補色ロイヤルブルーを混ぜ合わせるとグリーンになります。
自分の価値(ゴールド)を深く見いだすことができれば(ロイヤルブルー)、
ありのままの自分で自然体に生きられる(グリーン)のです。
それは未知を(ロイヤルブルー)を恐れず(ゴールド)、
真実を生きる(グリーン)ことになるのです。
<JOYくんレポート>
さて、ジョイくんの近況報告です!
ジョイくんは、とても元気にしています。
(膀胱炎は慢性なので、お薬は続けていますが)
朝早く、起こしに2Fまで来たり、
手で触れると「んぅ~ん」とかわいく鳴いたり、
「うにゃぁ~ん」とか「な~ん」とそばによってきたりします。
2Fに来たり、よく鳴くというのは、とても元気な証拠です。
具合が悪い時は、動くことや、鳴くエネルギーもなく、ただじっとしていています。
ジョイは耳と手足の先としっぽがこげ茶色なのですが、
弱ってくるとそこの色が白っぽくなってきます。
今はそこも茶色ですし、元気です!
気候にも左右されますね。
今はとってもさわやかな気候なので、気持ちよく過ごしているようです。
一年前のことを思うと、夢のようです。
ちょうど一年前、イギリス・オーラソーマの本校に行った際に
ジョイの容態が悪くなり、緊急帰国しました。
運悪くワールドカップの時期にあたり、
席の確保が難しく、チケットを取り直すにも苦労したのですが、
コース修了と共にデヴオーラ(イギリス本校)を出れば、
パリ経由で帰国できる便が取れたのです。
ロンドン、パリを出る時は、
ジョイはそれほど急を要するほどではなかったのが
成田に着いたときには、救急病院に入院していて、
心臓も呼吸も弱まっているから
一刻も早くかけつけるようにと連絡が入っていました。
祈るような気持ちで病院に駆けつけると
鼻と腕にチューブをつけた痛々しい姿のジョイくんがいました。
ふわふわの腕(前足)の毛を一部刈られたジョイくんの実はとっても細い腕…。
体調の悪さだけではなく、初めての病院で過ごす不安。
そんなジョイくんの辛さを思い、
いくら仕事とはいえ、ジョイくんのそばにいてあげられなかったことに対する本当に申し訳ないという思い、
そして、私の帰りを一生懸命に待っててくれたジョイくんの愛の深さと純粋さ、健気さが胸にしみ、泣きました。
容態が落ちついたので、かかりつけの病院に移りました。
私が帰ってきたので安心したようでしたが、予断は許さない様子。
夫がまだ海外だったので、帰国までの数日さえ間に合うかどうかと、お医者様に宣告されました。
元気な頃は5~6キロあった体重も3キロちょっとまで落ちてしまい、
自宅で点滴の時に針をさすと骨にあたってしまうほどで、本当に辛かったです。
とても弱々しく、もうだめかも…と何度も涙する日々でした…。
あれから1年。

誰が今のジョイくんの元気な姿を想像できたでしょう。奇跡としか言いようがありません。
生命の神秘です。
まさに愛がヒーリング。
ペットや動物たちにとっても。
<愛~あるライオンのお話~>
最近はアニマルコミュニケーターの勉強なども人気があるそうですね。
それだけペットを大切にする人が増えてきたということでしょう。
いろいろなテクニックがあるのかもしれませんが
愛に勝るものはないのではないでしょうか。
愛があるなら、気づきも自然に増して、
その動物に何が必要か、何を求めているのかなどが
わかってくるのではないかなと思うのです。
私の好きなタロットカードに「ストレングス」のカードというのがあります。
ライオンを撫でている女性の姿がそこに描かれています。
百獣の王ライオンを手なずけているのは、やさしい女性です。
本当の強さは愛であるという象徴です。
みなさんはクリスチャンというライオンのお話を知っていますか?
インターネットでは世界中で話題を呼んでいて、日本でもTVで放映されたようです。
あるカップルがライオンの赤ちゃんを育てたのですが、大きくなったので思案の末、泣く泣く野生に還すことにしました。
1年後、訪ねてみたそうです。
野生に戻り、大きくなったライオンが生きているのか、はたして覚えているのか、
もしかしたら襲われてしまう危険もあります。
そしてー。
クリスチャンは覚えていました!
近くまできたらわかったのでしょう。走り寄り、女性にジャンプして抱きつきました!そして男性にも!
愛は永遠なのです。愛し愛された想いは消えず、種を超えて、時を超えて、ハートの中に永遠に残るのです。
私は少女の頃から永遠ってなんだろう、時がたっても消えないものってなんだろう、
それを探したい ― と思っていました。
その答えがここにあります。
以下をクリックしてみてください。いくつかのヴァージョンがあります。
私はいろいろなヴァージョンを何度も見ました。その度に大泣きしました。
Christian the lion
http://www.youtube.com/watch?v=I4S3lk6mS2c&feature=fvst
そして動物たちだけではなく、
私たち人間もまた愛を求めていますよね。
最近のCNNニュースで見たところ、
日本は世界一、自殺率が高く、
90人の人が毎日、自らの命を落としているのだそうです。
今の日本のみんなにも、愛が必要だと思います。
愛はヒーリングであり、愛は生きていくエナジーを与えてくれるから。
人は自分が愛されていると感じたときに
生きていく力が、強さが湧き上がってくるのだと思うのです。
本当に大事なものは、愛だよ!愛!
<フェイクファー>
この時期なるといつも必ずエッセイに書くことがあります。
それは「フェイクファー」についてです。
前回に動物たちの哀しい記事を転載させていただきました。
動物も人間と同じ尊い命を持っています。
私たちはそのことをもっと尊重していく必要があるのではないでしょうか。
かわいいラビットファーなどのマフラーやお洋服が多く出回る季節です。
ふわふわして、とってもかわいいし、意外に安価に購入することができます。
でも。
よく考えてみてください。
その背後には動物の死があるということを。
そこまでして、リアルファーを身につけたいですか?
無意識にかわいいからという理由だけで
身につけている人もたくさんいることでしょう。
気づくことが大事です。
そこから私たちは新たな選択することができます。
何よりファッション業界の人に気づいてほしいことです。
ステラ・マッカートニーなどの毛皮を使わない人はごくごく一部です。
極寒の地に住む人は別ですが、
地球温暖化現象に見舞われている今、
毛皮で防寒する必要はないかと思われます。
エスキモーやネイティヴアメリカンなどの人たちは
動物たちの肉を食べ、毛皮を着るなどして、
命を捧げてくれた動物たちに感謝して、
最大限にその死を活かすことをしているそうです。
消費者としても買わないことを選択しましょう。
売れなければ、創らなくなる可能性があります。
私もファッションが大好きですが、
リアルファーだけはどんなに勧められても買いません。
ふわふわでかわいいファーはフェイクでも充分ですよ!
みなさんも強い気持ちでリアルファーにNOを。
フェイクファーにYesを~!
命を大切にする生き方を選択しましょう。
*:・'゜☆。.:*:・'゜★゜'・:*:.。.:*:・'゜:*:・'゜☆。.:*:・'
それでは今回はこのへんで。
楽しい秋をお過ごしくださいね。
Happy Hallowwen!
See You~☆
LOVE&LIGHT★
2008年10月23日(木)
武藤悦子

早いもので、今日で9月もおしまいです。
季節の変わり目ですが、みなさんお元気ですか?!
<JOYくんレポート>
まずはジョイくんの近況報告からです。
ジョイくんは、元気にしていますよ。
先日、検査のために病院に行ってきました。
慢性膀胱炎が多少悪化していたので、
心配するほどではなかったのですが、
抗生剤を飲ませたら、大丈夫なりました。
血液検査の結果も良好でした。
腎臓の数値はほぼ横ばいでよくはないのですが、
貧血のための注射を週に2回ずつした結果、
貧血は回復し、もう注射の必要はなくなりました。
毎日の点滴も内容物を少し変えることになり、
お医者さまもとてもおどろいていました!!
ジョイくんは私がそばにいると安心するようで
近くにきてほしいようです。
いつも私が動くたびに目で追っています。
朝は時々2階まであがって起こしにきます。
撫でてあげると、「にゃ~ん。」と鳴き、甘えてきます。
そして、本当に大きな音で
ゴロゴロと喉をならします。
レイキなどでヒーリングするととても気持ちよさそうにしています。
そして私もジョイくんによって、癒されます。
まさにハートからのコミュニケーションですね。
人間と動物は、種は違っていても、
言葉が通じなくても、通じ合い、
愛を受け取り、与えることができるのです。
<動物愛護>
今回のエッセイには、動物好きのある生徒さんが送ってくれた記事と
たまたまその日に、送られてきた新聞に同じような記事が掲載されていたので
これはきっと、そういうタイミングなのだと思い、転載させていただくことにしました。
これを読むには勇気がいります。
でも影に光をあてること、
無意識から意識的になることも必要なことだと思います。
これが、私たちが創り出している現実なのです。
そこから何か新しいものが生まれることを祈ります。
涙なしでは読めないと思います。
ここから以下を読むかどうかはみなさまにおまかせします。
See you soon!
LOVE&LIGHT
2008年9月30日(火)
武藤悦子
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自民党総裁選、リーマン・ブラザーズの破綻、北朝鮮ミサイル燃焼実験。
騒然とした社会の中、ひっそりと動物愛護週間が始まった。
おそらく世間の誰からも注目されないと思うので、私が書くことにする。
現在、年間37万匹の犬や猫が全国の保健所や動物保護センターに収容され、
そのうち34万匹が殺処分になっている(2006年度、環境省調べ)。
無責任な飼い主が「飼えなくなった」といって持ち込んだり、
悪質なペット業者が遺棄したりするケースが後を絶たないが、
驚かされるのは、迷子のペットが多いことだ。
首輪を付けたり、明らかに人間になついたりしている犬や猫が「保護」され、
3日たつと二酸化炭素で窒息死させられる。
環境省は、迷子の犬や猫が殺処分されないように、
ペットにマイクロチップを埋め込むことを推奨している。
獣医さんで数千円出せば、15けたの番号が入ったマイクロチップを
犬や猫の首の後ろに埋め込んでくれる。ペットに痛みはない。
このマイクロチップがあれば、迷子になって保健所や動物保護センターに収容されても、すぐに飼い主が判明する。
マイクロチップもなく、首輪に飼い主の情報もない場合、
通常、迷子のペットたちは3日で殺されてしまう。
動物行政は矛盾を抱えている。
厚生労働省は狂犬病予防法をもとに「危ない野犬を処分」しようとし、
環境省は動物愛護法をもとに、犬や猫を保護しようとする。
ただし、実際には、保健所も動物保護センターも地方自治体が運営しており、
素人には、どの行政機関がどのような権限と責任で仕事をしているのかさえ把握するのが難しい。
いい兆候もある。
環境省は、迷子のペットのデータベース事業(www.jawn.jp/)を始めている。
また、厚生労働省はすでに姿勢を転換しており、ペットとしての犬の愛護という観点から、保健所でもなるべく長く「保護」するよう通達を出している
(しかし、狂犬病予防法は早急に改正する必要がある!)。
それにしても、なぜ、行政は、連れて来られた犬や猫を3日という
短期間で窒息死させてしまうのか?
それは、一言でいえば「餌代も場所代もない」からである。
予算がないので「殺処分場」はいつまでたっても「アニマルシェルター」(一時保護施設)にはならない。
私は「猫好き科学作家」なので、自分の印税の一部をアニマルシェルターの活動に
寄付するなどしているが、ちっぽけな作家の寄付など、まさに焼け石に水だ。
今年の動物愛護週間は、殺処分される名もなきペットたちの立場を象徴している。
彼らは、ほとんど世間から気にかけられることもなく、苦しみながら死んでゆく。
人々がアニマルシェルターからペットをもらい受ける仕組みができれば、10年で殺処分をゼロにすることが可能だ。そのためには一人一人が意識を変えなければ。
今度、犬や猫を飼おうと思ったら、どうか、保健所や動物愛護センターからの譲渡も検討してみてください。
(2008年9月21日 産経EX 『科学・時事放談』 より)
8月の末、私はこの連載最後の取材として某施設を訪ねた。
捨て犬や迷い犬が収容されるセンター、俗にいう保健所だ。
人との出会いで救われた犬の話を伝えつづけた1年だった。
が、それはごくごくひと握りの幸運な玲にすぎず、大多数の捨て犬は救済を待てずに死んでいく。
その現実に直面しつづけた1年でもあった。
私はもう1年前のように単純な気持ちで、犬との生活を人様に勧められない。
簡単に犬を飼う人は簡単に捨てる。
飲み物に毛が入るから、との理由で犬を手放す飼い主がいる。
不妊手術をしていない飼い犬に何度も子犬を産ませ、
そのたびにセンターへ持ちこむリピーターがいる。
そんな話を聞きすぎた。
人間の気まぐれで飼われ、捨てられ、センターへ収容された犬はどうなるのか?
最後にそれを伝えてこの連載をしめくくりたい。
犬の不幸を書くのはつらい。読むのもつらいと思う。
無理強いはできない。けれど、できれば目をそらさせないでください。
これは遠い世界の惨事ではなく、私たちの社会の片隅に常にある茶飯事なのだから。
その建物は人気のない土地にひっそりとあった。
足を踏み入れると、敷地内の空気は重かった。これは私の感傷のせいかもしれない。
午前9時半、センター職員の案内で犬の収容場所へ通された。
どうか、いませんように。祈りもむなしく、檻の中には多くの犬がいた。
恐怖で表情を失っている犬。所在なげに徘徊している犬。
尾を振り寄ってくる犬。その多くは飼い主に捨てられた犬たちだ。
中には首輪をつけた迷い犬もいるけれど、
飼い主が現れる犬は全体の2パーセント程度にすぎないという。
だから、死んでしまうのだろう。
今日ここにいる犬たちも、飼い主が迎えにくると信じたいけれど、
そう信じて救われるのは私だけだ。
実際問題、彼らは数日後に葬られる。
その現実を噛みしめながら、1頭1頭の姿を瞳に刻んでいく。
歩みを進めるにつれ、檻の中にいる犬たちに残された時間は減っていく。
収容されたばかりの犬は一番手前の部屋に入れられ、
日を追うごとに奥へ、奥へと移動させられるのだ。
収容期間は自治体によって異なるが、
最も奥の部屋へ行きついたその日が彼らの命の果てるときだ。
奥へと進むほどに私の足も重くなる。
鼓動も速まる。殺処分の時刻が近づいていた。
犬の保護に携わる方々のお陰で今回は特別に許可が下りたが、
通常、殺処分の現場へ部外者は立ち入れない。
どこのセンターでも見学できるのは死の一歩手前までだ。
理由は「規則だから」の一点張りで、なぜそのような規則があるのかと尋ねたところ、
「あまりにもショッキングで見せられないため」との声も返ってきた。
「あまりにもショッキング」な方法で犬たちは殺されているわけである。
その日、処分対象の成犬は12頭いた。どの犬も元気で若々しく、
毛並みもきれいで飼い犬となんら変わらない。
彼らだって捨てられるまでは誰かに飼われていたのだ。
今、この瞬間も飼い主が迎えにくるのを待っているかもしれない。
しかし、迎えは現れない。
死へ直結する最後の部屋にいた彼らは、リモート操作で動く壁により、
否応なしに通路へ追われていく。
最後までいやがり、逃げまわっている白い犬がいた。
白熊みたいにもこもことした中型犬。
人懐っこそうなその犬も、ついには通路に追いやられた。
今度は通路の壁が動き、12頭をガス室へと誘導する。
人の手を一切介することなく、彼らは処刑場に収容された。
ガス室はステンレス製の四角い箱型で、側面にはのぞき窓がついている。
その窓から見える12頭は皆、ひどく混乱しておろおろとしている。
ここはどこ?何が始まるの?
恐怖と不安で息が荒い。
炭酸ガスの注入が始まると、ますますその息は荒くなる。
そして彼らはがくがくと痙攣を始める。
1頭、また1頭と倒れていく中で、
さっきの白い犬が窓ガラスを隔てた私たちの存在に気づいた。
助けを求めるようにやってくる。
最後の力をふりしぼって窓ガラスに前脚をかける。
目が合った。死にたくないと全力で訴えている目。
ごめんね。私には心で謝るしかできなかった。
ごめんね。助けてあげられない。
あなたの名前もわからないから、誰にも伝えてあげられない。
これだけ鮮明な死を前にして何もしないのは、私が殺しているのも同然だ。
そう思いながら犬たちの絶命を見届けた。
炭酸ガスの注入から数分後には、どの犬も動きをなくしていた。
苦しみ、あえぎながらみんな死んでしまった。
「なぜせめて安楽死をさせてやれないんだろうね」
殺処分から十数分後、職員のひとりがガス室に入り、12頭の臨終を確認していった。
1頭1頭きれいに横たえ、両手を合わせるその目は濡れていた。
「毎回、涙が出る」
多い日には30頭以上が処分を受けるという。
それが日本各地のセンターで毎朝くりかえされている。
一方でペット産業は大いに栄え、インターネットのオークションでは1円から犬が取引されている。
この社会は果たして健全だろうか。
私たちは子供に「命を大切にしましょう」と言えるのか。
生きたい。そう叫んでいた犬の瞳を脳裏に焼きつけ、今後も考えつづけたい。
(2008年9月19日 毎日新聞 『くらしナビ』 より)