2月17日(日)は天使のささやきのだけでなく、
サラスヴァティー・プージャー(弁才天への礼拝)の日なのだそうです。
以下は私が勉強しているインド哲学の先生から教えていただいた情報です。
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このサラスヴァティー・プージャーが行われる日は、
太陰暦によるマーガ月のシュクラ・パンチャミという日にあたります。
毎年、この日には春の訪れを祝い、学生たちは勉強を始めます。
学校が始まる前の時期でもありますから、入学前に、
サラスヴァティー女神(弁才天)の前で最初の勉強を開始する事になるのです。
サラスヴァティー女神とは日本の弁才天の事で、
学問、芸術、音楽、技術などあらゆる知識の主宰神です。
プージャーでは、弁才天の像を主に置き、礼拝しますが、
本来は本や筆記用具などの勉強道具を礼拝する事が真の目的で、
勉強道具をサラスヴァティー女神の像の前に置いてお祈りするのだそうです。
サラスヴァティー女神は四つの腕を持ち、一つの手には本を、
もう一つの手には数珠を、そして二つの手で琵琶を奏でています。
通常、数珠は108個の珠が連なっているものですが、
サラスヴァティー女神の持つ数珠は、文字と同じ数の珠が連なっています。
この50文字によって、全ての言葉は作られています。
また、弁才天の「才」を「財」と表記する場合があります。
これは弁(言葉)が財産になっているという意味です。
一般の人々はお金や不動産こそが「財」と考えており、
「弁」が「財」であることを認めません。
しかしブラーフマナにとっては知識こそが財産です。
それゆえ弁(言葉)そのものが大きな財産であることを示すため、
あえて「弁財天」と表記する場合があるのです。
「弁」とは言葉です。
言葉とは知識を表します。
そして最高の言葉は知恵です。
弁が財産となれば、それは知恵を表します。
言い換えれば、言葉が財産となれば弁財天であるという事です。
ですからサラスヴァティー女神(弁才天/弁財天)は知識の主宰神です。
「弁」の字には、かんむりという意味や、識別能力という意味もあります。
このことからも、言葉の王冠の頂点は弁財天であり、
識別能力もまた弁財天であると言えます。
日本において弁財天は水辺にいらっしゃいます。
市場や商業施設の中に、弁財天のお寺や神社があるわけではありません。
一人で静かにいられる場所に、弁財天は祀られています。
「財」を金銭などの財宝とするのは、お金を求めている人々の混乱であり、
弁財天のいらっしゃる場所から考えても、サラスヴァティー女神
(弁才天/弁財天)は知識の主宰神であるという事です。
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この日はサラスヴァティーとつながって、
何かを学んで智恵を蓄えたり、
内なる智恵とつながることもいいかもしれませんね☆